青い川

「出来るところまで」

アルジャーノンに・・・

「汎用性スペクトラム 発達障害ADHD(不注意優生型)」

なんだそうです。私がです。4年くらい前にわかりました。

わかった時、嫌な気持ち半分、謎が解けてホッとした気持ちが半分でした。

 

私の場合、これの2次症状である「うつ」の方が先でした。

30歳の頃に勤めていた2度目の病院で大量解雇がありました。

私は、その解雇された人たちを守ってあげたかったのでした。院長から毎日毎日、今でいうパワハラを受けているのが、見ていられなかったんです。

院長に直談判にも行きました。面と向かって応接間で話しました。

院長「イジメているように見えるか?」

私「はい、見えます。」と言いました。

結果、何となく言い含められた感じになり、その後の一週間は院長はヤケにその人たちに優しくなりました。

 

そしてある朝出勤したら、その時はその中の4人の突然の解雇です。
それを聞いて私はたぶんパニックになったんだと思います。

その後も色々とあり、私は涙が止まらない状態に陥りました。

『涙を流すのは良いこと』とか『その分だけ強くなる』とかは、私の方程式にはあてはまらず、涙は崩壊への第一歩でした。

仕事中だけでなく家でもです。寝ても覚めても何日も涙が止まらないんです。
結局2週間くらいその状態が続きました。

 

学生時代は友達が多くて、得意な教科は数学。理数系でした。

本当はやりたいことや夢もあったけれど、両親には欲しいものも言えない子供だったので・・・そして私の進学の時はいろいろ忙しない時期でもありました。

看護婦の学校を選んだのは理数系なことと、入学金が18万円だったからです。これくらいなら出してもらえるかな?と思ったからでした。

考えてみると両親に相談はしませんでした。私はいろいろ間の悪い子でした。

入学式の時に、スーツらしきものはありましたが、ブラウスがないことに前日に気がつき、寮で同じ部屋になった人に借りたりしました。

思えば、私のうっかりはこういうところに出ていました。

ただ、仕事では出ませんでした。アンテナが何本も立っていて、自分自身よく動き、よく気がつきました。正直、この2度目の病院の婦長候補でした。人間関係はズタズタでしたが。

 

ところがです。前述の涙事件以降、職を転々としたのですが、忘れもしない34歳の時です。検査の予約が入っていることを見過ごしました。チェック漏れです。

初めての失敗でした。自分自身が信じられなくて「私が忘れた?」と、だいぶ動揺しました。ここから坂を転げ落ちるように、どんどん物事が覚えられなくなっていきました。自分では気がつきませんでしたが、身体の動きも鈍っていきました。

 

ついには、本当に簡単なことも繰り返し教えてもらっても抜けてしまう。忘れてしまうという状態になりました。

例えばレ点が入っているかいないか?が毎度抜けるなどの症状です。

私は怠けている人。努力をしない人のレッテルを貼られるようになりました。

ある日同僚の方にたくさん文句を言われたあとに

「青い川さんが頑張ってるーって思ったこと、一度もない!」

と言われ、それまでのやる気のようなものが切れました。なぜなら、私は子供の頃から100%で生きてきた人間だったからです。

 

私は嫌なことやうつの症状が身体に出るタイプでした。若い時からよく熱を出しました。その切れたあとは、今度は全身疼痛症と栄養失調を起こしました。

それからしばらくあり・・・

そして発達障害ADHDの診断を受けました。

神経科の先生には看護婦をやめるように言われました。

心理士の先生には、最初の頃は、私が出来るナースだったことは信じてもらえなかったようでした。

会話の中で、20代後半と30代後半に、たまたま同じ医師のところで働いたことから、動きと物覚えのあまりの違いに驚かれたこと。などを告げると改めて

「頭を強く打ったりしなかった?」と聞かれました。身に覚えはありません。

 

じゃあ、何も出来なくなったのか?というとそうでもなく、新しい知識も身につけることが出来るようです。

なんとか活路を見出したいと、ホームページ作成に取り組んだり、昔やりたいと思っていた絵をかいてみたり、今は模索中です。ナース一筋でやってきて、その後何が出来るのか?

全然わかりません。

むしろ普段の生活でさえやれないことの方が多いのですから。

 

35歳くらいから、どんどん昨日出来たことが出来なくなる。今度はこれが出来ない。あれも出来ない・・・アルジャーノンの世界です。

 

でも、だったら出来たことはせめて、思いっきり喜ぼう!一緒にいてくれる人に感謝しよう。身体の調子が悪い時、辛いけど聞いてくれる人がいるんだし。

今の私は、すぐにいっぱいいっぱいになってしまいます。

だからみなさんのブログも突然見れなくなったり、ついて行けなくなります。

内容によっては読めません。でも感謝だけはその気持ちだけはわかってください。

                     おしまいです。

忘れたくない想い

「読んでくださってる方みなさんに『感謝』の気持ちを持つこと」
『感謝』の気持ちを持って文章を書きたい!
でも背伸びをしないで、自分の「出来るところまで」