青い川

「出来るところまで」

愛する存在がいるってこと

(これは昔違うところで書いた記事を脳内で思い出して再生しました)

今は昔、私が中学3年の時のことです。春でした。

私はいつものように寝ていたのですが、夜中に母に起こされました。

いつもより厳しい顔をした母が「お母さん病院に行ってくるから!」と言います。

「うん?いってらっしゃい(=_ヾ)??」全然、何がどうなっているのかわかりません。でもいつか病院に行くとは聞いていました。とにかく今は眠いです。

 

zzz・・・翌日。コケッコー☀

学校でちょっとだけそわそわしました。でもやはりまだ、この時はなんなんだろうなあ?と思っていました。そして自宅に帰りました。

そして聞かされました。「お昼ちょっと過ぎに生まれたって!女の子だって」

 

( ゚д゚)へ?・・・σ(ーー*) ン-・・・(; ゚д゚)?・・・え?

 

えー?本当に生まれたの?赤ん坊が?お母さんから?

マジか~?ですよ。

今思えば何を今更?という感じなのですけれどね(^^;)?

母は前日までに確実に今までになく、お腹が出ていましたし。

でも赤ちゃん?いったいどんな赤ちゃんが生まれたんだろう?と頭にいっぱい「?はてな印」がついていました。そもそも赤ちゃんってどんなだっけ?

 

その後、入院先に会いに行きました。

世にいう「たまのような子」とはこのことか?と思ったかどうか?は忘れましたが、なんて小さい人間?・・・しかしなんか、顔とか皮膚が赤っぽい?

本当に人間であってるの?小さすぎるし。

あ、手がある。ものすごーく小さい手が。細すぎるこれは?わ~指だ(((( ;゚д゚)))
私はそっと1本、指を開いてみました。

あっ!指紋がある!私と同じ形だ!何これ~?

私の手の中には超小さな渦巻きがありました。その時「すごくかわいい!」と思いました。この小さい人間は妹だ!と、ちょっと実感しました。
なんとその年の差15歳です(生まれた時は14歳違い)。

間に弟もいます。

 

それからは慌ただしい日々の連続でした。私も子育てのイロハをそれはもうテキトウに教わりました。

母にとっては3人目の子供、しかも母は仕事もすぐに復帰しました。

泣いていてもほっとく母。オロオロする私。3ヶ月の頃には「50ccのミルクも飲まないよ?」と焦る私に「そのうち腹減ったら飲むから!」と母。

私が哺乳瓶を畳に落として「あ、汚しちゃった」と言うと、母は哺乳瓶をパクッと食べて「これで大丈夫!」(; ゚д゚)とまあ、こんな感じで野性的に妹は育ちました。

 

妹の笑顔はこの世で一番かわいい天使でした☆^∇゜) ニパッ!!

ところが、泣き始めると天使とは程遠くなるのです(=_=)
私が立って抱っこをして、しかも始終動いていないと機嫌を損ねるのです。

座ろうものなら、火がついたように泣きました。
手を動かしているのに、なぜバレるの?と不思議でした。

 

しかし延々と3時間くらい・・さすがに疲れた・・少し泣かせておこうと寝せました。妹は激しく泣きます。「うーっ」と苦悶する私。

その後なんか変な音がします。「え?あれ?」と様子を見にいくと、さっき飲ませたミルクを全部吐き出していました(O_O;)

「もうダメだ!お母さん早く帰ってきてくれ(この時、夜の12時です!)」

f:id:aoikawano:20170224170812p:plain 絵は再利用します。

私も泣きながら服を着替えさせて、再び立ち抱っこをしました。

この時の私にはまったく余裕がなかったんだと思います。

 

なぜなら、翌日は中間テストだったから!青い川「一夜漬けが出来ない~!」

世の中のお父さん、お母さん方、本当に尊敬します。

今度、妹関連のお話をする時は楽しい話題をお送りしま~す。

私は愛に飢えた子供時代を過ごしましたが、妹が出来て、愛する存在が出来た時
「わ~これって超・幸せ!」と実感したのでした。15歳でした。

 

お付き合いくださってありがとうございました。 おしまいです。

忘れたくない想い

「読んでくださってる方みなさんに『感謝』の気持ちを持つこと」
『感謝』の気持ちを持って文章を書きたい!
でも背伸びをしないで、自分の「出来るところまで」